熱意も一緒に伝えたいー ディライトワークス 広報マネージャー 市川さんに訊く情報の届け方

21ジャンル・60メディアにわたるニュース・コンテンツメディアを運営しているイードグループ。自動車、IT、ビデオゲーム、映画、教育・受験……と扱うジャンルは多岐にわたり、どのような記事が読者に”刺さる”のか、そのためにはどのように広報しマーケティング展開をすべきかというアプローチ手段も千差万別といえます。

その一端をつかむべく、大人気スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order(以下、『FGO』)』の開発・運営で知られるディライトワークスで広報セクションのマネージャーを務める市川伸さんに話をうかがいました。

(※)インタビューは緊急事態宣言前に実施しております。

――まずはあらためて、担当されておられる業務についてお聞かせください。

市川伸さん(以下、市川さん) ディライトワークスで広報部門全体の責任者をしています。具体的には、広報チームのマネージメント、広報戦略の策定、社内調整、メンバーの成長・支援などが挙げられます。ゲーム業界ではプロダクトとコーポレートの広報を部署として分けていることも多いとききます。企業によって事情は異なると思いますが、ディライトワークスではそこを分けていないことが特徴と言えるかもしれません。また、『FGO』だけでなく関連ゲームプロジェクトの広報も弊社で担当させてもらっています。

――御社はゲームの企画・開発・運営だけでなく、ボードゲームの企画・制作、出版物の発行、プロアスリートへの支援など、さまざまな展開をしておられますが、それぞれ専任の方が担当しておられるのでしょうか?

市川さん 担当は分けていますが、広報のチームは全体で僕を含めて7名ですので、1人の担当者が複数の分野を担当することもあります。また、社内広報と社外広報で分けると、それぞれ3人ずつが担当しています。

『FGO』をはじめ、デジタル/アナログゲームの開発・企画・運営で知られるディライトワークスだが、スポーツ選手の支援も行っている

――昨日はゴルフで今日はボードゲーム……ということもあるかもしれないわけですね。想像するだけで目が回りそうですが、広報戦略を考える際に何らかのフレームワークを用いることはあるのでしょうか?

市川さん 使いはしますが、それに頼り切ることはありません。フレームワークというものは、先人の知恵を土台に作られたもので、思考のフローで抜け漏れを起こさないような形を作って、そこを埋めていくように使うものだと思います。ですが、チームの中で使っている人と使っていない人が混在していると、使っていない人がなぜその発想に至ったのかが理解できないというようなコミュニケーションロスが発生することがあります。

――そのロスの発生はどのようにして対策されるのでしょう?

市川さん 事前にワークショップを行い、全員でフレームワークを使って外部環境と内部環境を整理して何をすべきかをみんなで一緒に考えました。こうすることで、フレームワークはそもそも何のためにあって、それをどう使えばいいかというコンセンサスを得られました。そのうえでコミュニケーションを取れば相互理解がより深まり、その結果として新たに生まれる思考もあります。我々にとってのフレームワークは、考え方のベース、コミュニケーションロスを減らすための一手段、というような位置付けであるといえます。

――せっかくの機会ですのでぜひお伺いしたいのですが、市川さんは国内最大のゲーム開発者向け技術交流会CEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)で、名刺を手にゲームメディアがひしめくプレスルームに来て一人一人に挨拶をしておられましたよね。そういった方を見かけたことがないので、とても印象に残りました。なんてガッツのある広報マンだ!と…。

市川さん その当時、僕は別業界から転職してきたばかりでゲームメディアの方々とほとんど面識がなかったんですよ。一番ゲームメディアの方が集まっている場所はどこだろう?と考えた時に、プレスルームだ!と気づきまして(笑)。

僕たち広報とゲームメディアのみなさんは“同志”だと思っています。ですので、きちんとお会いしてご挨拶したかったんです。ゲームメディアのみなさんは、大勢の方たちに記事を見てもらうことが目標ですよね。僕らも同じで、自分たちの製品やサービスをより大勢の方に知ってもらいたいし、見てもらうことを目標としています。

――確かに同志であると言えそうです。

市川さん もちろん、簡単な挨拶くらいであればメールでも済ませられます。でも、会って話さないと伝えられないもの、伝わらないものってやっぱりあると思うんですよ。最初に、実際にお会いしてご挨拶するのはその後の関係においてすごく大切だと思っていて、新しく関係をもつメディアの方々にはなるべく会いに行くようにしています。どういう人なのかをお互いに理解して、そのうえで信頼していただけるような関係を構築することを旨としています。

僕たちは日々、さまざまなニュースリリースをゲームメディアのみなさんにお届けして記事の掲載をお願いするわけですが、テキストベースの情報は無機質で、そこには、何の香りも、音もありません。ですが、それを伝えてくる相手が誰なのかが分かれば、こちらの熱意もいっしょにお伝えできると思っています。ですので、ディライトワークからニュースリリースを発信するときには、会社名だけでなく担当広報の名前でお送りするようにしているんです。

――市川さんが「暖かみ」を大切にしていることが伝わってきます。ところで、近年のゲーム業界は、任天堂の「Nintendo Direct」のようにゲームメーカーがメディアを介さず、ユーザーに向けて直接情報を発信することもめずらしくなくなりました。これは宣伝の部類に属するかと思いますが、市川さんは宣伝と広報の違いをどのように考えておられますか?

市川さん 宣伝は一般的には、マスに向けて「買ってください」というメッセージを強く打ち出すものですよね。『FGO』の場合は少し事情が異なりまして、宣伝チームもネットで生放送を行うときは「ユーザーのみなさんに喜んでいただける情報をどれだけ届けられるか」を命題としています。僕たち広報も、まずメディアの方々、さらに、その先にいる読者の方々が知りたいことを想像して、どのようにアピールすればよいかを考えます。

広報では「知ってもらう」、「買ってもらう」ということ以上に、「喜んでもらう」、「好きになってもらう」ことを目指しています。一次情報を発信したあとに、クリエイターやスタッフへのインタビューをご提案させていただくことがあるのもその一環で、作り手の想いや情熱を知ってもらい、興味を持っていただくのが狙いです 。

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――今日ではあらゆる業種のメーカーが、Web配信などを活用してメディアを介さず情報を発信することもめずらしくなくなりました。そんな中、メディアにはどのようなことを求められますか?

市川さん 今日、エンターテイメントの分野は本当に多種多様ですので、僕たちがリーチしたい層にしっかり情報をお届けするには、専門メディアのみなさんのピンポイントさにとても助けられています。どんなに大手の一般紙よりも、イードさんにやっていただけた方がゲームファンのみなさんにゲームの情報をお届けしやすいですし、イードさんではオールマイティにゲーム情報を扱うインサイド、インディーや海外ゲームをメインに扱うGame*Spark、業界向けのGameBusiness.jpなど、細分化されていらっしゃるので、僕たちもすごくご提案しやすいです。

また、ゲームにかぎらずどんな分野でも、コアなファンのみなさんは自主的に情報収集をされますよね。SNSもその手段のひとつだと思いますが、SNSでの情報収集は「検索などで見たいものを深掘りする」方が多いと思うので……。

――SNSだけでは、まだ見ぬアーティスト、まだ見ぬ映画、まだ見ぬゲーム……などとは出会いにくい、ということですね。

市川さん もちろん、トレンドに流れてきたのを見て偶然に知るということも発生しますが、その分野において、好きなものの”隣にあるもの“との出会いを生み出せるのは、SNSより専門メディアの方が強いと思っています。また、記事において、長年その道に携わってきたプロならではの意見や視点などを付け加えていただけるのも、専門メディアの持つ大きな強みだと考えています。

――いわば、電子書籍の販売/配信サイトに対する書店の強みというところでしょうか。電子書籍も購入・注文履歴からオススメの商品が表示されますが、そこにあるものがすべて自分好みかというとそうも言いきれません。

市川さん 人気の書店さんほど、そういう偶然の出会いをもたらすための仕組み作りがしっかりされていますよね。それと、あくまで個人的な話ですが、ネットショップでオススメされるのはあまり好きではないんですよね。どなたかが作ったロジックの型にはめ込まれてしまうような気がしてしまって(苦笑)。

――ディライトワークスは今、飛ぶ鳥を落とす勢いのメーカーのひとつだと捉えていますが、今日うかがったお話は端的に言ってしまえばアナログな考え方もあり、イメージと違って驚きました。

市川さん 基本的に考え方が古いのかもしれません(笑)。かつての先輩方や師と呼べる方からの教えは、今も胸にあります。大切なことは、昔も今もずっと変わらないと思っていますので。

――それでは最後に、市川さんが広報マンとして大切にされていることをお聞かせください。

市川さん コラムニストとしても知られた故・山本夏彦さんは、かつて「事実があるから報道があるのではない。報道があるから事実がある」と言葉を残しました。どれだけマジメで一生懸命でも、どれほどいい製品でも、それが周知されなければ世の中に存在しないのと同じである、報じられることで、初めて存在できるのだと。

まだインターネットが普及しておらず、4マス媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)が大きな影響力を持っていた時代の言葉です。でも、今でも通ずるものはあると思うんですよね。たとえば、どんなに価値のある情報でも、正しく認識されず、誤りを含むものとして広まってしまったとすると、事実は知られないままであり、まったく意味がありません。メディアであれ人であれ、情報を正しく評価し、きちんと発信してくれる方々がいるからこそ、僕たちもやっていけるのだと思うと、この言葉の価値は今でも色あせないなと、そう感じます。

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リモートワークの推進が進みオンラインを介してのやりとりが急激に増えつつある中、メディア側もインタビューをテレビ会議のシステムを通じて行うことが珍しくなくなってきました。そんな中「会って話さないと伝わらないものがある」という市川さんの言葉から、情報を届けるには熱意や暖かみ、その受け取り手がいかに喜んでくれるか?を考えることが大事であると教えていただきました。イードのメディア事業部では「誰かの人生(感)を突き動かすようなメディアを作る」というコンセプトを掲げています。そのために必要なのはロジックではなく、熱意や泥臭さといった人間味の部分が重要なのではないかと考えています。

市川さん、貴重なお話をありがとうございました!