“深さ”をとらないと生き残れない― DeNA今西陽介氏に聞く マーケターの資質とメディアに求める姿

21ジャンル・60メディアにわたるニュース・コンテンツメディアを運営しているイードグループ。自動車、IT、ビデオゲーム、映画、教育・受験……と扱うジャンルは多岐にわたり、どのような記事が読者に”刺さる”のか、そのためにはどのようにマーケティングや広告展開をすべきかというアプローチ手段も千差万別といえます。

その一端をつかむべく、『逆転オセロニア』、『メギド72』など数多くのゲームを展開する株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)のゲーム事業部マーケティング部部長 今西陽介さんに話をうかがいました。日本国内のゲームアプリ市場は、2018年時点で1挑円超の市場規模となっています。スマートフォンの登場以来、年々急成長を続ける業界で大きな存在感を持つ同社でゲーム事業のマーケティングを取り仕切る今西さんは、出稿先となるゲーム専門媒体をいかにとらえ、どのような姿を求めているのか?マーケターに求められる資質とは? ぜひご覧ください。

――まずはあらためて、担当されておられる業務についてお聞かせください。

今西陽介さん(以下、今西さん) 弊社は主力のゲーム事業をはじめ、スポーツ、ヘルスケア、その他新規事業など多種多様な事業を展開しておりますが、自分の担当領域はゲームのみです。協業などの形で、アプリ名自体は弊社の名前を出してリリースしていないものも含め、常時10タイトルほどのゲームを見ています。

ゲーム部門のマーケティング部の役割は、大きく分けて二つ。一つ目は、お客様(ゲームのプレイヤー)に弊社のゲームをダウンロードしていただくこと。二つ目は、それを継続的に遊んでいただくことです。

――DeNAさんは様々な事業を展開されていますよね。マーケティングの際、御社内の他事業からノウハウの共有はあるのでしょうか?

今西さん  DeNAの主力事業がゲーム事業であり、当然使っているバジェットも大きいので、他事業に対してノウハウは提供しなければならない立場ですね。もちろん、その逆もあります。ゲームアプリ市場そのものが、ここ10年ほどで急伸した市場であるだけに、社内の新規事業を手伝っているとたくさんの気づきや学びがあります。常にいろいろなものを謙虚に吸収して、様々な関係者とディスカッションして良いものを生み出す姿勢が大切ですね。

――ゲーム部門のマーケターの役割は新規顧客の獲得とその保持にあるとのお話ですが、そのための戦略はどのように固められているのでしょうか?

今西さん 弊社のマーケティング部はプロデュース、デジタルマーケティング、コミュニティマーケティング、PRに分かれています。DLしたゲームを継続的に遊んでもらうために、特にコミュニティマーケティングに注力しています。

――コミュニティマーケティングに力を入れているのですね。どういった狙いでそのような方針を立てられたのでしょうか?

今西さん 昨今、有名クリエイター、リッチな3Dグラフィックや実力・人気が高い声優さんによるボイスなどはすっかり”あって当然”のものになっており、ゲームアプリはコモディティ化し続けています。そんな中で存在感を発揮するには、いかに独自のユーザー体験を提供できるかが重要…という考えによるものです。

スマートフォンで楽しむ以上、ゲームアプリのライバルはゲームだけではありません。魅力的な映像を多数配信する動画配信サービスも、可処分時間という考えの中だと競合に当たります。すきま時間にプレイするゲームと異なり、動画ですと1本あたり2時間は消費しますからね。ゲームアプリの市場は伸び続けていますが、ファミ通モバイルゲーム白書2019のデータによると、2つのデータが減少しています。

1つ目は、月間で見た場合、毎日遊ぶ人や週1回遊ぶ人など落ちており、逆に3カ月間1回もゲームをPLAY しないユーザーは増えています。

2つ目はゲームをプレイするユーザーのみのデータを見た場合、1日当たりのプレイが30分未満の人は減少しており、逆に30分以上遊ぶユーザーは増えています。これらのデータから読み取れるのは、コンテンツがコア化してきており、普段ゲームを遊ばない人にとっては徐々にハードルが高いものになっており、遊ぶ人は徹底的に遊ぶという二極化の構造です。

そうした状況で、いかにゲームで遊びたくなる体験軸を生み出せるかがカギです。その一つが、ゲームをコミュニケーションツールとして盛り上げることにあるのではと。広告をきっかけにゲームを始めてくれたお客様と、友人など、人から誘われたことをきっかけにゲームを始めてくれたお客様ですと、継続率は明らかに後者の方が高くなります。周りのみんながやっている=流行っている感があるからです。

――『逆転オセロニア や『メギド72 など、多くのゲームタイトルでオフラインイベントも積極的に行われていますよね。

今西さん 『逆転オセロニア 』 では今でこそ1回のイベントで大きいものだと500人以上の方のご参加いただける規模になりましたが、最初のころは2、3人しか集まらない、ということもありました。広くお客様にイベントを知ってもらうにはどうしたらいいか?を考えるきっかけになりましたね。

でも、人数が少ないなら少ないで、運営スタッフとして参加している開発メンバーとのコミュニケーションは濃密なものになりますし、その分ゲームを好きになっていただけますので、必ずしもそれが失敗というわけではありません。1万人集客するイベント1回の効果と、100人集客できるイベントを100回行う事の効果は全然違うものと考えております。

我々はイベントに来ていただくお客様は、サービス提供者と消費者という垣根を超えて、一緒に価値を作っていく関係となるのが理想であり、それがオフラインイベントでは実現できると思ってます。

『逆転オセロニア』のオフラインイベントの様子。熱量の高いユーザーが集まる。

――熱量の高いイベントを複数回行い、コミュニケーションを通じてお客様のロイヤリティやエンゲージメントが高くなると。

ゲームはコミュニケーションツールとして新しい形を作っていかないと、継続は難しいと考えています。一方、コミュニケーションを強化しすぎると、コミュニケーションの必要性が高くなりすぎて、ゲームUXへ悪影響を与える可能性があります。

このバランスが難しいですが、コミュニティマーケティングの最大のポイントは、打算的にファンになって頂くと売上が上がりやすいとか、そういうことではなく、コミュニティから生まれるお客様のご意見を確認し、それをサービス改善に繋げられることです。Twitterや掲示板など、お客様のご意見は全て拝見していて、ゲームのアップデートに可能な限り反映させて行くというスタンスです。

――マーケティングの戦略を考える際、特定のフレームワークを使用することはありますか?

メンバーが個々で好きなものを使っていますね。ただ、フレームワークには危険な一面もあると思っていて。使うことが目的になって、(フレームワークを)作って満足する人が多い。そのフレームワークを初めて作った人が「何を考えて作ったのか?」を思考しないと失敗してしまいます

ですので、シンプルに「お客様が何を求めているか?」「そのお客様が使い続けてもらう必然性ってなに?」を考え、目的、目標、戦略の順でアクションを決めていきます。

――フレームワークには手段が目的化してしまう側面もある、ということですね。肝に命じます。広告を出稿された際の効果検証は、何を基準に行われますか?

今西さん CPIやダウンロード後のアクティビティなどを追いますが、もし芳しくないデータだとしても、その理由は慎重に分析しています。たとえば、TVCMを打つと、多くの「普段ゲームをプレイされない」お客様たちがそのゲームを始めてくださいます。

ところが、その時にゲーム内でプレイを始めたばかりの人が楽しめるゲームの中のイベントがないと、すぐついていけなくなって離脱を招いてしまいます。また、他社さんのタイトルがちょうど同時期に大型プロモーションを打っており、それが要因で結果が伴わないこともあるでしょう。そうしたさまざまな要素を俯瞰的に見て、ジャッジする必要があります。

うまくいかなかったときは、必ず何かしらの理由があるものです。社内ではよく「もし時間を施策実施の1ヶ月前まで戻せるとしたら、どのような施策をするべきだったか考えてみよう」という話をします。そうした思考の積み重ねが、次に活きると思っております。

――振り返りが次に活かされると。出稿先としてのゲームメディアには、どのようなことを求められますか?

今西さん ゲームアプリがコモディティ化しているという話を先ほどしましたが、ゲームメディアのみなさんも同じ課題に直面しておられるのではと思います。顧客獲得のアプローチとしては、(ユーザー層の)”広さ”を求めるか、”深さ”を求めるかという二つの方向性があると思いますが、今は“深さ”を取らないと生き残れないのではないでしょうか。広さだけならキュレーションメディアの存在があったりしますので。

――「深さ」のあるメディアに出稿すれば、深さのあるユーザーを獲得できる、ということでしょうか?

今西さん はい。とはいえゲームは、広さと深さのどちらかだけを見ていてはスケールできません。TVCMから幅広いお客様を、専門性のあるメディアさんからディープなお客様を…というように、ゲームの方向性などによってさまざまなアプローチをするのが肝要です。明確な強みである専門性を持つメディアさんは、こちらとしてもご一緒しやすく、頼りにさせていただくことが多いです。

――TVCMを放送すると幅広いユーザーが新規参入してくると思いますが、その際に気を付けていることはありますか?

今西さん TVCMを打つ際は「ゲーム内にこれから遊んでくれる方向けの施策を用意しておく」と先ほどお話しましたが、それと同じくらいに気を付けなければならないのは「既存のお客様方向けの施策を決してないがしろにはせず、両軸をしっかりやっていく」ことだと考えています。

たとえば、あるインディーズバンドが、少しずつ人気を得て武道館に立つまでに至ったとしますよね。するとファンの中には、それを喜んでくださる方たちがいる一方で、「昔から好きだったけど、なんか売れてからお金を手にして変わっちゃったよな…」と違和感を抱く方も出てきてしまうわけです。

モバイルゲームがTVCMを打つというのは、それと同じだと思っています。違和感を持たれた方たちの齟齬をいかに解消して、もしくは違和感が発生しないようにして、離脱を防ぐかが重要です。ついに自分たちが応援していた、バンドが武道館に立ったんだ!これからももっと好きになりたい!ってムーブメントですね。

――DeNAさんの最近のタイトルでは、少しずつ盛り上がってついにTVCMが放送された『メギド72』が、まさに”武道館に立った”ところですね。

今西さん 2019年のメギドはゲーム大賞を頂いていたりCMも実施したので、そういう意味では少しづつではありますがインディーズバンドの状態からは脱出したのかもしれません。『メギド72』は当初から「宣伝よりも開発にお金をかけて、少しでもよいゲームをお届けしよう」というコンセプトで運営されてきたタイトルですので、既存プレイヤーのみなさんも「あのゲームが、ついにここまできたのか…」と感じ入ってくださる方が多いようでした。

最初からここまでを見越していたわけではないのですが、ゲームのマーケティングにおいてはこういう”ストーリー”をいかに作っていくかも大切ですね。お客様を第一に考える。そしてその結果として、こういったストーリーをお届けできる。こういうのもまた、ゲームならではの体験軸のひとつになるのではと思います。

TVCMが放送され”武道館に立った”『メギド72』。

――それでは最後に、今西さんが考えるマーケターに求められる資質をお聞かせください。

今西さん 三つあると考えています。一つ目は、「俯瞰した上での理解力」。

まずは、マーケターの基礎ですね。お客様の理解、自身が関わっている事業や組織の理解、市場の理解など大きく含まれています。マーケターは日々お客様のニーズを理解し、ベネフィットを提供することが基本活動の中で、事業の数値を達成して、市場で勝ち抜かなければなりません。これを主観になりすぎずに、俯瞰的に理解をすることが求められます

二つ目は、「ストーリー形成力」です。

昨今のマーケティングは、お客様が心から「共感」できるかどうかが、施策の成否を分けます。

自社のサービスが、最初どのように思われて、最終的にどのように思われたいのかという設計が大切です。もはや単発のマーケティング施策というのは意味をなさない時代であり、複数の施策を1本のストーリーでつなぎ合わせて、わかりやすく世の中に届けることが重要です。ここはストーリー形成力に+してお客様がどのように動くかの想像力も大切ですね。

三つ目は、「楽しさを伝播する力」です。

仕事は、楽しいかどうかです。自分がまずやっていて楽しいのかが重要だと思います。嫌々やる仕事では、結果は出ないです。また、人は楽しいところに集まるというのがというのが世の常です。マーケターが1人では何もできる存在ではなく、エンジニア、企画者、デザイナーなど様々な人の協力で成り立っているので、その協力者に対してプロジェクトリーダーとして「自分たちの関わっているプロジェクトは楽しいんだよ」というのを伝播させることは重要だと思っています。こういうことを言うと、「世の中に楽しい仕事はない」みたいなご意見もあるかもしれませんが、苦しい中に楽しさを見出せるかどうかですね。


「深さを取らないと生き残れない」。今西さんのこの言葉は、個人の趣味嗜好が複雑化している現代の中でどのようなプロダクトでも言えることではないでしょうか。イードのメディア事業部が掲げる「Move Deeper」(もっと、深く)というコンセプトを軸に、1万人でなく1人の心を動かせるようなメディア作りをしていきたい、と考えています。今西さんへのインタビューを通じて、更に深く誰かの心に届くメディア運営をしていきたい、と決意を新たにしました。

今西さん、貴重なお話をありがとうございました!